死んだ後の霊魂は、お墓にいるの?(2)

スピリチュアルマンガ

「お墓」というものについて考える

今回はお墓の事について軽く触れてみました。

以前、女神の母方の御先祖が供養されている高野山のお墓へ墓参りへ行く機会があったのですが、
それ以来お墓について考えるようになりました。

僕もいよいよ40代にさしかかり、人生も折り返し地点にきましたので・・・
死んだあとの事とかも現実味を帯びてきたと言いますか、そろそろ考えていかないとな、と。

僕はいま埼玉に住んでいて、祖父、祖母、父の骨が納められているお墓は長野にあります。
市営墓地で維持費用も安いのですが、これってこのままでいいのかな、というモヤモヤがあります。
墓参りに行くにも、なかなか遠いですし、そのために時間と費用をかけるのもどうなんだろう。
そして、自分が死んだあとにそこに入るとしても、ピンとこない。
自分の子供に負担を残すことにならないか?などなど。

地方から首都圏に生活拠点を移している人は、地方にある先祖のお墓について同じような悩みを持っているのではないでしょうか。

スピリチュアル的に考えると、先祖の供養はとても大切らしいのです。
いま僕が生を受けてこの世にいられるのも先祖が命のリレーを繋いでくれた結果なので、それはそれは有り難いわけです。
先祖を敬い、感謝の念を持つことで、先祖の応援(加護)を受けやすくなる、という事もあるらしいです。

昔の人はそれを知ってか知らずか(たぶん知ってた)、「永代供養」という言葉があるように、お墓をしっかり守り、お盆や法事をきちんと執り行ってきたのでしょうね。

その副産物としてお家(おいえ)問題というような「家督を継ぐ」とか「お墓を守る」、「家系を守る」という事に人生の大半がそれに費やされるという事もあるわけで・・・何ともバランスが悪いと思ってしまいます。

先祖を祀っていく事には意味があるのですが、その表現方法として今まではお墓だけだったのかな?という気がしますが・・・
これからは新しい方法や価値観がもっと出てきてもいい時代になっているんじゃないかなと思います。

合同散骨とか海洋散骨(法律的にはグレーゾーン)というのは僕としてはアリだと思います。
何しろ焼成後の遺骨は単なるカルシウムのあつまりですからね・・・。
きちんと先祖への敬意があって、たまに想いを馳せたりメッセージを送ったりする場として、
自宅に位牌(アンテナ)を置く聖域があればいいのかなと思います。

お骨は粉砕しないでそのまんま捨てると捕まるよ。

 

ノマドワーカーとか、フリーアドレスとか、自宅勤務とか・・・
場所へのこだわりが不要な時代になりましたからね。

という事は、もう「霊園のクラウド化」が主流になるのかな、と思います。

ペットのWEBバーチャル霊園なんて、もう10年近く前から出始めていたと記憶しているので。

ただ、遺骨の処理がとても難しいですね。

故人の骨なんて、ムゲにしたらバチが当たりそう、って思うのが人情ですよね。

僕自身としては、自分の子供たちに余計な悩みを持たせたくないので合法的に処分する方法ができたらそれがいいのかなと思います。
こうして言えるのもスピリチュアル的思考が身に付いているからなのかもしれませんね。

あなたならどうしますか?

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